公判状況

 昨日、審理中の長谷さん真由美さんの公判(検察側論告求刑、弁護側最終弁論)が京都地方裁判所、第101大法廷(10時~12時)で行われました。
 報道陣の方は公判初日7月14日(火)にTVカメラが1台入り、司法記者の方が3名程取材に来られましたが2回目以降、傍聴は自由でありながら、関係者の方々曰く’霊界で起きた事が審理される裁判の歴史上初の事例”でありながら、現在では皆無であり、私も今回の裁判は「ソクラテス、キリストの裁判」以上の重要度を持つ裁判と認識しておりますのであくまでも個人的見地に基づいて、簡略に概要(1断面)を記します。
 この裁判では、TVや新聞の報道やブログの記事を読んだだけの方にとっては、どういった証言になっていくのか予想が付かず、検察の主張を認め刑を軽くする事を優先するのか、それとも真実を主張して争うのか逡巡された方もおられると思います。
 しかし、いざ公判が始まってみると御2人はどこまでも本物であられ、生死一如の世界の立場から、物事を2つに分ける世界でしか通用しない「言葉」という不完全な道具を使って、論理で説明できる世界でないにも関わらず、論理的にどこにも矛盾なく証言され、自分達が、長谷本に書いてある内容、長谷さんのこれまでの発言に基づいて予想する発言とは完全に次元、位相の違う回答が次々となされ、さらに優秀な弁護士、裁判官、検察の先生方による鋭利な質問と相俟って「人生というゲームの新しい遊び方」に始まる長谷さんの生き方(自分に素直に生きる生き方=天国の方法)が結果としてより鮮明に示される事になりました。
 裁判官に提出された陳述書に基づいた今回の追加立証では、長谷さん、真由美さん、結理君のいる霊的な世界、調和、平和、ただ遊んでいるだけの世界、裏の世界、命そのものの世界、その人の本体のいる世界、すべての人が平和でいられ長谷さんが今もそこにいる世界では、生と死の分離がなく、埋葬するとかそういう世界にはいない事、長谷さんは結理君が誕生した時に喜び等という言葉で表せない次元で喜んでいた事、結理君の思った通りにしか動けない長谷さんは結理君の選択に対する最大限のサポートをしていた事、肉体を持って遊びたくて出てきた結理君は霊的障害のきつい所では肉体をほどいて、霊的作用の弱まった時に出てくる事、死体という形になっても霊体が出たり入ったりし、目が動いたり、口が動いたり、体や足が動いたりしていた事等を証言され、検察官や裁判官からみて(結理君の)「死」というふうに見られてもしょうがないか、という質問に対しては「僕達の世界(死がないという霊的な世界)は体験してもらわないとわからない」と述べられました。そして、この公判で起きた事も本当にわかる為には御自身で体験して頂く他ないのですが、弁護士の言われるように「死体遺棄」に関しては、結理君の死体に蛆が湧き、蠅が飛び、脳漿が飛び出しても生きている子供と同じ様に扱い、愛する者に真摯に敬虔に接し、宗教的感情を無視したものでなく放置も遺棄もしていない事や、「保護責任者遺棄致死」に関しては、結理君が衰弱していたという認識は持っておらず、どこにも落ち度は無かったという事の証明は十分になされたと思います。判決は同所において、10月6日(火)午前10時より行われます。
 
 
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Author:田中宏明
 兵庫県 
 淡路島洲本市生まれ

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